BalticNet.jpはバルト三国のさまざまな情報を発信しています。
写真をクリックすると拡大できます。
旧市街地遠景、聖オレフ教会から
赤い家並みの向こう左手にエキゾチックなロシア正教会“アレクサンドル・ネフスキー聖堂”、中央奥に小さくは“のっぽのヘルマン”が、そしてその右手に
堂々とした
旧市街地の冬景色、トーンペア展望台から
赤い屋根も薄っすらと雪を被り、はるかに見えるバルト海も鉛色に静まり返る。高い塔は聖オレフ教会。
124mのこの塔をエストニアの人々が13世紀にどうやって
建てたのだろうか・・・。
トーンペア展望台の夕焼け
4つあるトーンペア展望台のうち、大聖堂裏にある展望台は比較的広くてタリン鉄道駅(Balti jaam)からタリン市東側の
住宅街が見える。8月末、午後10時ごろ。真っ赤に染まった空は夏が終わり秋の訪れを啓示しているかのよう。恋人たちは
長い時間をかけてゆっくり落ちる太陽をじっと見つめていた。
のっぽのヘルマン(Pikk Hermann)
トーンペア裏側から、青空にたなびくエストニア国旗を見上げる。1991年8月20日、のっぽのヘルマンに青と黒と白の三色旗が掲げられた
その時が長かった旧ソ連から独立した瞬間だった。高さ50.2mののっぽのヘルマン塔では、毎朝日の出の時間に国歌が鳴り、国旗掲揚が行われる。
アレクサンドル・ネフスキー聖堂
(Aleksander Nevski katedraal)
1901年ロシア帝国時代に建てられたロシア正教会。ルーテル派プロテスタントのエストニアでは形状からして異質なものではあるが、
残されたロシア人の心の拠り所となっている。
詳しくはこちらから、ロシア語のみ。
トーンペア城(Toompea loss)
9世紀に建てられた木造の要塞に始まり、13世紀に帯剣騎士団によって建てられた城。その後次々と
繰り返された占領国の手に渡され続けた。現在はエストニア共和国の国
会議事堂として使われている。
詳しくはこちらから。
大聖堂(Toomkirik)
1219年にデンマーク人がトーンペア城を占拠して建てた、エストニア最古の教会。正式の名称はEesti Evangeelse Luterlik Kiriku、
英称The Cathedral of Saint Mary the Virgin in Tallinn。美しい名前です。
詳しくはこちらから。
ピック・ヤルグ通り (Pikk jalg)
エストニア語でpikkは長い、jalgは足。つまり長い足通り。その名のとおり港に近いグレート・コースト・ゲート
(Suur Rannavarave)からトーンペアに続く長い坂道。かつてはギルド会館が並び、裕福な商人たちの住む界隈だった。
石畳を歩いていると、ハンザ商人たちがにぎやかに行き来し、城から降りてくる馬車の音や御者の叫び声が聞こえてくるよう。
ルヒケ・ヤルグ通り(Lühike jalg)
長い足Pikk jalg に対して、Lühike jalgは短い足。両方ともトーンペア・ヒルに向う坂道。ルヒケ・ヤルグ通りを上り詰めると、
ピック・ヤルグに通ずる鉄の鋲の付いた重い扉のある城壁の門につきあたる。
両脇には美術館や芸術家たちの作品を展示販売しているお店があり、エストニアの豊かなアートの世界に浸ることが出来る。
下町からトーンペアまでゆったりとピック・ヤルグを行くか、短いけどちょっと急な坂道階段を登りながらルヒケ・ヤルグを行くか、
その日の天気と気分しだい。階段の真ん中あたりで時々ギターを弾いているミュージシャンに出会うことも
ある。
キエク・イン・デ・キョク(Kiek in de kök)
トーンペアを南側に降りてKomandandi通りを行くと左にそびえている砲塔が、「台所を覗けば」という名前の歴史博物館。
1475年から1481年にかけて作られた6階建て45mのリヴォリア戦争時に重要な役割を果たした砲塔。いまだにイワン4世の大砲の弾が
9つ壁に埋まっている。中世の兵士たちはここから下の民家の台所を覗いていたという逸話からこの名がついた。現在は歴史博物館
やギャラリーとして使われている。6階からの眺めも見逃せない。
Open:10:30-17:30 25Kr. 月曜休館
日本大使館(Jaapani saatkond)
キエク・イン・デ・キョクをさらに降ると左手に日本の国旗が翻っている。ここが駐エストニア日本大使館。
玄関口に日本エストニア友好協会が贈った蝦夷山桜の木があり、5月にはピンク色の大きな花をつける。
裏口はビジネスセンタービルになっている。
二グリステ教会(Niguliste Kirik)
二グリステとは聖ニコラスのこと。1230年ごろの交易最盛期に、商業や貿易船の乗組員の守護聖人である聖ニ
コラスを讃えてドイツ商人が建てた教会。エストニアの中でも最も全体的に調和のとれた中世の教会のひとつ
とされている。現在は15世紀に描かれたリューベックの画家Bernt Notkeの傑作Danse Macabre(死者の踊り)
はじめ、ブルージュのAdrian Isenbrandt らが描いた祭壇の屏風絵(キリスト受難・聖アントニウス)など14
―17世紀の宗教芸術の傑作が収められている美術館となっている。また音響効果が良いので、オルガンなど、
コンサート会場としてよく使われている。