BalticNet.jpはバルト三国のさまざまな情報を発信しています。

1997年文化遺産に登録。
「バルトの真珠」と呼ばれる美しい街リーガ。ハンザ同盟の中心的存在だったこの街は、13世紀に十字軍騎士団とともに
上陸したドイツ、ブレーメンの僧正、アルベルトによって創設されました。「ドイツよりもドイツらしい」といわれる街
並みは、中世ドイツの商業都市そのもの。細く短く複雑に入り組んだ通りは当時からほとんど変わっていません。また、
ハンザ同盟時代から、ロマネスク、ゴシック、バロックとそれぞれの時代の建築が立ち並び、歴史的学術的価値が高いと
認められ、世界遺産として登録されました。
この世界遺産は、世界遺産登録基準のうち下記が当てはまるとされ登録されました。
(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
(2) ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
世界遺産公式サイトを見る。
UNESCO第2回人類の口承および無形遺産の傑作の宣言(2003年11月)世界無形遺産に選ばれました。
1873年6月に1003名の合唱団と30名の演奏家によって始まったラトビアの合唱祭は、通常5年に一回行われていますが、
1938年の第9回の後、第二次世界大戦、ソ連併合があったため1948年の第10回
合唱祭が行われるまで、10年の年月がたっていました。この第10回からは第1回ソビエトラトビア合唱祭となり、
1973年にはソビエト連邦生誕50周年とラトビア合唱祭100周年を祝う歌と踊りの祭典が行われました。このころ
には合唱団約14500名、演奏家1800名と大きな祭典となっていました。以後1990年の第20回を最後に再独立、ラ
トビア共和国での自由な歌と踊りの祭典と発展し、2003年に世界無形遺産に登録され、現在では2万人を超える
人々が歌い1万人以上の人々が民族舞踊を披露します。次回は2008年。
ラトビア歌と踊りの祭典のホームページを見る。